神式の葬儀様式

神式の葬儀様式

神式の葬儀様式

数年前、友人の赤ちゃんがたった5ヶ月の命で天国へ逝ってしまい、お通夜に参列しました。
私にとって、初めてできたママ友達の待望の次男でした。まさか、こんなに早くお別れになってしまうなんて…生まれた時から重い病気を患っており、会いに行きたくても子供が風邪を引いていたりすると、移ってしまったら大変なので、なかなかご対面できる機会を持てないまま、お別れの時を迎えてしまったのです。
祭壇の上の写真に映るのは、まだまだ小さい赤ちゃんの顔。こんなお通夜は初めてでした。本当に可哀想で可哀想で、友達の顔も疲れきって少しやつれたような辛い母の顔でした。
そしてその葬儀は、私の経験のない神式のもので、お焼香ではなく玉串奉奠たるものでした。お焼香しかしたことのない私は、共通の友人もなく一人で参列していた為、どうしたらいいのか全くわからずかなり動揺しました。周りの人達のやり方を必死に見て、見よう見まねでなんとかやり過ごしましたが、もっとこの愛らしい赤ちゃんとのお別れの儀式に集中したかったのに、残念でした。もっと勉強してくるべきだったと、反省。当然仏式のものだと、思い込んでいるのも問題ですね。でも、後日その友達に会った時に話してみると、「珍しい神式で困ったでしょ」と。やっぱり、彼女も神式は初めてだったようです。
なにはともあれ、色々な経験、勉強はしておくべきだと思いました。

自分の葬儀を考える

年齢を重ねていくと、当たり前に両親の年齢も上がっている。年齢が上がっていることは、終末も近付いてきているということを痛感している。
親の元で過ごしている時には考えもしなかった事だけれど、両親に会う度に冗談を交えながらも死んだ後の事を話し合う。
持病がありながらも意外と体が丈夫な両親より、下手したら老年期でもないのに持病があって深刻気味な自分の方が先に逝ってしまう事もあるかも知れないと危惧もするが、順当に当たり前にしていけるのならば、両親を送る事をしなければならない。
その為にも葬儀場を探す事になる。
何気なく景色を見ている時にも、葬儀場が目に入ることもある。
両親は二人とも田舎出身で、親戚も双方田舎に居る。
近郊ならば殆どが自家用車で来るだろう。
そうなると、駐車場がそれなりの台数を確保しているところが良いなと思ったり、綺麗で足が悪くなってしまった年齢も多くなるのを考え、椅子を十分に配置できる大きさの会場でなければとか考える。
その椅子も不安定に思えてしまう、簡易的な折り畳み椅子ではないなど。
様々な心理状態になるセレモニーに、柔軟に対応してくれるような所ならば、親孝行になりはしないかと。
こう改めて考えると、きちんと資料を集めてみるのも良いのかも知れないと考える。